設計の手法を学生の時に習った時に最初に言われた事は「敷地の特性を読み取る」事。
建物とはそれ単体で建っているのではなく、周辺環境の中に建っている。狭い範囲で考えれば自分の建物の窓の位置が隣の建物の窓と干渉しないように、範囲を拡げれば建った建物が街並みにどのように影響するか、その他膨大な要素が敷地から読み取る事が出来ます。
様々な世界的な建築家の話を聞いても同じ事を言っていますし、卒業して実務を経験しても敷地の重要さを実感します。
極端な話し、条件が全く無い敷地、時々「自分の思う所に好きなだけ敷地を選んで設計すると自由で良いね。例えば真っ白なキャンバスの上に描くみたいに」と言われる敷地だと僕は設計出来ないと思います。逆説的にはそれだけアイデアが無いと捉える事も出来ますが…
逆に何らかの条件がある敷地ならば、物理的・数値的に限界が無ければどんな敷地でも設計出来ると思います。
それだけ敷地は重要で、それは形態だけでなく、歴史・文化・位置・季節など様々な要因を読み解きます。
有名な所では、丹下健三設計の「広島平和記念資料館(広島ピースセンター)」は建物に正対した時にピロティ中央から慰霊碑・原爆ドームが一直線になるように建てられています。この軸線を通す事でそれぞれの要因を強くし、その意味合いを強くしています。建物単体も力強いですが、この軸線が有るからこそ広島・原爆と言うとても繊細な部分を受け止めるだけの建物になっていると思います。
この様に、設計時には敷地の様々な要因やそこに住まう人々の考えや、実際に建物が建った時の影響などを想像して進めて行きます。そこには正解も無く、むしろ設計者の自己満足に陥ってしまう危険性が有り、時によっては全然違う方向に向かって進めてしまう事も有ります。
顕著な例として地方・特に歴史的価値のある土地での設計です。
最初に歴史的価値のある土地で設計する場合、その歴史を取り入れて設計する、又は言葉は適切でないかも知れませんが迎合して設計する事を誰でも考えると思います。実際に京都・奈良などでに建物を建てる場合は木造の勾配屋根を主とした、寺社・町屋・茶室などをイメージする建物を想像すると思います。
しかし単純に歴史を取り入れて設計するのが本当に良いのでしょうか?
最近は「歴史=古いものを残す」と言う考えで伝統的な建物を望んでいるのは、当事者以外の思い込みではないかと考えます。東京などの人間が都心に注目される建物が建つ時は、最先端の現代建築を望む事が普通だと思います。単純に考えて六本木・表参道などに今までと同じような建物が建ったら期待はずれと感じると思います。
同様に、歴史的価値のある土地の人も新しい事を求めていて、むしろ普段が今までの踏襲傾向が強いので、どこよりも新しい事に貪欲なのかと考えます。
実際に自分がその土地の人間だと想像した時、新しい建物への期待は「歴史的な建築」より「先進的な建築」を求めます。
最近ではこの考え方は旅館などの「その土地以外の人を対象とした建物」以外には当てはまるのではないかと思います。住宅・事務所・店舗などその殆どの建物は地元の人間を対象としています。
このような考えから最近では、土地に対して出来るだけ現地の人間の思考を汲み取った上で敷地の特性を考える様にしています。そうでないと単純に「その土地の属性(歴史)を踏襲する」だけになり、外部の人間のイメージの押し付けになってしまうからです。
もちろん色々検討を重ねてそこから抜け出し、新たな考えを取り入れる事が殆どですが、自分の思考パターンとして第一に属性を踏襲する様になるのが危険であり、無駄が多いと感じます。いい加減同じパターンから逸脱しろと。
当然理想は「属性を踏襲した上で新たな思考を与える」ですが、これがまた難しい。
住宅などの建築主が少数ならば対話の中から気持ちを汲み取り形に出来ますが、公共建築などの対象者が多いと全てを満足させる事は殆ど不可能なので一層設計者の気持ちの強さが必要になります。
しかし結局は殆どの建物はこの様な部分で語られる事はなく、機能やコストなどで評価されます。もちろんそれは重要で必要な事と理解していますが、その上で上記のピースセンターの様に強い意志を持った建物があり、その絶対的な存在感は魅力的です。
一応、建物の大小関わらず、その様な建物を目指して設計しているつもり。