八甲田山死の彷徨

八甲田山死の彷徨 - 新田次郎
ISBN:978-4101122144

1902年(明治35年)に青森の八甲田で行われた日本陸軍による雪中行軍、いわゆる雪の中での訓練について書かれた本です。僕は特に登山も、雪も、青森も、八甲田も、軍隊も今までに興味が有った訳で無いのですが、何故かこの行動、事件、本は知っていました。なんとなく映画「八甲田」や人からの言い伝えで知っていたのかも知れません。また、最近はまっている新田次郎についても、この本が代表作だと思っていました。

この本での雪中行軍は、冬の八甲田山にて武装して目的地まで行くというもの。「軍事訓練」と言う名の下に素人が聞くと、単に歩いているだけで特に陣形を組んだり、戦闘訓練をしないので簡単なものと捉えてしまうかもしれないが、冬山を登るだけでも大変な行動であり、「登山」としてではなく「行軍」として行く事はそれこそ決死行動。海外ではスキーが開発されて、特に北極圏に近い国では雪中行軍に近いものは行われていたらしいが、スキーの存在が知られたかどうかの当時に日本で行うのは不可解。
しかしそれを行った、行わなければならなかったのは、国が軍隊を中心として動いていて、日露戦争へ傾きかけていた時勢や、軍隊としての権力誇示、見栄である。

内容は史実に基づいたものですがノンフィクションでなく、登場人物名を始め、それぞれの関係や約束事などは作者の創作であり、フィクションとなっています。ただしそれは他の作品でも作者は言っていますが、レポートや報道でなく「小説」なので気にする部分では無いと思います。

どの本でもそうですが、作者の意図・気持ち・好みは作品に十分表れます。この本でも同じで、軍部に対する憎悪や無謀さを表すための人物、逆に常識や読み手の気持ちを代弁する人物が登場します。そこの所が一番小説らしさが出ていると思います。それこそ、どちらの人物も元になった人物がいて、それが誰かは容易に想像することが可能です。当事者・関係者からしたら名指しされている状態ですので、最後の生存者が亡くなった後に発表されたとしても、その発表には相当な勇気が必要だったと思います。しかし著者はその危険を冒してもこの事実を多くの人に知ってもらいたかったのではないでしょうか。

内容として雪中行軍の描写の凄さや、壮絶さに注意を注ぎがちですが、作者としては組織、危機管理などの方を描きたかったのではないでしょうか。確かに描写は適格で凄いのですが、新田次郎の他の作品、特に山関係の作品を読んでいたら、自らも山に登り長年気象庁勤務をしていた経験から書かれた文章は特筆して凄いものでは無いと思います。普段の新田節です。
風景の描写や人間の厳しさを書いていて、そちらの方が強いので眼が行き勝ちですが、その端々に喜怒哀楽や弱者の心などが書かれて、史実に基づいただけでなくしっかりとした小説となっています。

登山・マネージメント・歴史などどのように捉えるか、そもそも固定した種別で分ける必要は無いのですが、読んだ後に色々考えさせられる作品です。