物事に対する最初の完成度と意識

ちょっと感覚的な事。

 

先日コーチングを受けていて、自分の考え方に対する新たな切り口を得られた。普段から結構自分の考えを伝える方だけど、それでも反応は少ないし、そこに問いを受けてそれ以上を考える事は殆ど無い。コーチングだと先を考える機会が得られるのがありがたい。

また今回の内容をまとめた方が良さそうと感じたので、手探りで書いてみる。

 

堅苦しく書くと「物事に対する最初の完成度と意識」になるのかな。

 

僕は結構細かいと言われている。

自分で考えると相当いい加減な所もあるし、細かく言っている様でも内容が殆ど無い場合も多い。どちらかというと内容が細かいというより、それを考えるまでの前提条件の整理や説明が多いと思っている。

 

例えば日程を作る時。

僕はその時点で得ている情報や条件を踏まえて、最初から最後まで分単位で作成する事が多い。移動方法や立寄る先・想定滞在時間・想定移動時間・必要料金など。

それは中途半端に書いても最終的に細かく書かなければならないし、先に今自分が分かっている事を全て出した方がその先の検討精度が高くなると考えているから。移動時間などは空欄にしていると「〇〇~××はどのくらい掛かりますか?」「車ですか?」「渋滞しませんか?」とか聞かれる。その様な内容は日程を考える時には必ず必要になり、空欄にしていたら必ず確認をされる。なら先に知っている情報を明記した方が質問が一つ減る。もしあやふやでも、注意書きをしていれば知っている人がより詳しい情報を出してくれるかもしれないし、分からなければ確認事項として明確になる。しかし明記しないと、場合によっては誰も気づかなくて抜け落ちる事があり、後で気付いた時には相当な手戻りや影響が生じる。時には取り返しの付かない事もある。

これらをやる・やらないは、気付いている・いないや性格も有るが、基本的には「面倒臭い」「時間が無い」「まあいいか」が原因だと考えている。元々僕は面倒臭がりの性格なので、今までそうやってきて相当痛い目を見てきた。なのでそれを避ける為にやっている理由も大きい。

 

しかし他にも理由があり、それがコーチングで拾われた。

それは「早く手離れしたい」「自由な検討や次の段階に行きたいので、知っている事は出し尽くす」という考え。

建築設計で良く聞く言葉で「スタディ」というのが有る。細かい定義は分からないけど「沢山手を動かして、それを見て、色々な角度から検討してを沢山の形で行う」みたいな感じかな。スタディ模型といって、凄く基本的な形(丸・三角・四角・多面体とか)やそれらを組み合わせた立体模型を紙や粘土やスタイロフォームなどでラフに作り、その繰り返しによって根本的な手がかりを探る事を行う。(僕は模型嫌いなので殆どやらず、大体が紙にメチャメチャな線を繰り返す書く事で済ますけど)

簡単に言えば「ブレスト」みたいなもの。

 

ブレストやスタディだと単位ごとのアイデアが多いが、日程など決まった形が有る物にはわかる範囲で当てはめて考えた方がもう一段精度が上がる。殆どの物事は前後関係などの相関性が有り、単位で考えてもそれを検討する時には同時に考えなければならない項目が有る。全くゼロから考える時は単位で考えても良いが、既に色々経験もして想像力も働かせる事が出来る内容なら、単位ではなく連続として考えた方が制度は上がる。それらを考えられる時点で関係性も把握しているし、組合せなども想定が出来る。何も唯一案を作る必要は無く、検討時点なのでいくらでも案を作って良い。

そして、その考え方は僕の考え方であって、他の人が考えたら何かしら違う結果が出てくる。その違いを共有して確認し、検討をして対話をし、何かしらの提案を出す。これが新たな気付きだと考えている。その結果が既知のものだとしても、その検討に対しては新たなものになる。

僕はそれが欲しいから自分の出来る範囲で細かく沢山提案をする。同時に協働者や提案者の反応にも同じ精度が欲しいのが本心。単に提案を受けてその範囲内で検討されたら残念に思う事が多い。条件を整理するだけで何も新しい考えを入れて提案する必要は無いので、基本的には整理さえ出来れば早く形は出来る。もちろん知らない事があったら調べる必要はあるけど。なので自分の提案が出来たら他の人の提案待ち状態になる。そうすればその間は何も考えずに他の事に集中が出来る。嫌な事は早めにやって、精神的に楽になろうという考え。

 

そして他の人の考えが出てきたら、それを検討する事で新たな段階を考えられる。

例えば日程でも「朝ごはんは必要か?」となったら、色々な条件を把握した上なら「集合時間が遅い」「昼ご飯が早い」「移動の方が重要」などの理由で不要と回答出来るかも知れない。先に弁当などを用意出来れば、移動中に取る事が出来るとかの案が出てくるかもしれない。しかしそれには一度自分の中で考えていなければ、中々出てこないかも知れない。

 

この様な考え方は日々訓練している必要が有ると思っている。

携帯が当たり前になって電話番号を覚えなくなった様に、人間の頭なんて使わないとどんどん劣化していく。逆に使っていれば少しずつそのルートはスムーズになっていく。だから僕は勝手に同じ事を繰り返していく。同じ事と思っているが、振り返ると少しずつ変化をしている。

 

日程などに限らず建築の案でもだが、基本的に突拍子の無い事や新しい事を考えるのは好きである。しかし同時にゼロから新しい事を考えられる程天才だとは思っていないし、デザインや発想の基は知識と情報だと考えている。「何か新しい切り口は無いか?」と考えるのではなく、頭を振り絞って全てを出し切り、その先にやっと忘れていた内容を引っ張り出した時に自分の中で何かのヒントが得られると思う。でもそれは他から見たら当たり前かもしれない。でもその繰り返しが何かになると思う。恐らく新しい事を考える為に知っている事を出し切る様にしているのだと思う。

「筆記具」という事を考えた時「鉛筆」「筆」「ペン」など色々な知っている言葉や考えを出す。それらが出なくなると「爪先」「光」「石」などの言葉が出てくる。合っているかは分からないけど。恐らくもっと考えると他の言葉も出てくる。その様な事を繰り返すのが仕事なのだと思う。時間・費用・状況などによってその深さは変わるけど。最近は相当手を抜いて楽しかしていないけど。

 

などと思いついたままに書いてい来たけど、読み返したら相当酷そうだ(笑)

でもこれがコーチングの効果だと思う。知らない内に色々と繋がり、意図しない事を考えている。

他にも幾つか考えているがモヤっとしている事があるので、少しずつ言語化して行こう。まあ既に今までに結構やっている感はあるけど。