医師

ちょっと前に知り合いの日記で「待ち時間数時間、診察5分」と言うようなのを読みました。詳しくはもっと色々な要因があるのですが、流れ作業の様に診察されたとの事です。mixiなのでリンク貼れませんが。
一応はとても有名な医師らしくて、海外にも行っているので診察を受けるのが難しい。しかし知り合いは長い間色々試しても治らないので、それこそ藁にもすがる思いで予約を取り診察を受けました。しかし診察は5分程度で簡単な薬をもらって終わったとの事です。彼が何の運動をしてどのくらいの頻度でやっていてなどの基本的な事から、怪我の経緯なども聞かなかったと言います。
これでは医師としての腕云々以前に、人・医療に携わる者としての資質を問われるのは仕方ないと思います。
このような話を聞くと思い出すのが、4.5年ほど前に施主として出会った眼科医の方です。
その頃の自分が未熟だったのもありますが、今でも断トツで厳しい施主でしたし学ぶことも多かったです。恐らく今の自分の仕事への姿勢を決定付けた施主でしょう。
そもそも自分が医師としてどの立場にいて、その重要さや危険さなどを理解している人でした。
建物を設計していく上で、医療機器を始めとした各メーカーや良く判らないセールスなどが沢山営業に来ます。その時徹底されたのが連絡先を教えない事。特に自宅関係の情報は絶対に出さない事です。今では個人情報保護法などがありますが、目的としては違いました。今の時代どこから情報が漏れるか判りません。それは理解していたのですが、施主が医師として仕事をしている以上「命を握っている」と言う意識がとても強い人でした。
可能性として自分が医療ミスを起こしてしまうことがあるかも知れない、そして患者・親族に恨まれるかもしれない、そうなった時に家族を守れないから絶対に自宅の連絡先は漏らさないで欲しいとの事でした。この医師の技術はかなり高いらしく、設計中に他の方々からの評判を聞いても同じでした。しかし眼科と言う一般には直接命の危険がなさそうな分野でも「目が見えなくなった時の絶望感」なども含めて最悪の事を考えていました。これは即ち自分の仕事がどれだけの責任を背負っているかを自覚して仕事をしているかを表しています。
この事は大分自分の考え方を変えました。建築をしていて安全を考える一番は構造設計です。意匠設計の自分も基本的な事は考えますが詳細は専門の構造設計者に任せます。そしてその意識の中には基本的な日本の構造技術の高さがあります。確かにしっかりと構造的根拠がなされた建物ならば結構なレベルまで建物は耐えられるでしょう。しかし建築には建物全体以外の安全に関わる、そう、命に関わる部分は沢山あります。
階段や手摺・窓の高さや火気設備の扱い。考慮しなければならない部位は沢山あります。しかしデザインを重視して疎かになっていないか?また、完成した時は良いが、施工時点で危険は無いか?
衣食住と言われます。それだけ人間の生活に密接する事だと思いますが、その中に「住」は有ります。建築、一般の人から見たら土木も同じでしょう。人間の生活のハードの部分は構造物です。そしてそれらを造るのが自分の仕事です。
その医師には色々と言われたので沢山自分に取っての金言があるのですが「プロとして仕事を請けた以上、それに見合う仕事をしろ」と言うのもその一つです。
この言葉は当然の事ですが「プロとしての仕事」とは何を指すのか?と言う事を考えさせられました。自分や仕事を行った者がしっかりやったと思っても、その仕事を評価するのは仕事を発注した人や第三者です。そして評価基準は普段目にしている物と比べたり、レベルの高い所で評価されて一般に発表されているものです。いくら自分が良いと思っても、それが一定のレベル以上で無いと仕事をした事になりません。
この工事では特に塗装で言われました。ただ塗るだけでなく、刷毛の後の具合まで見られて何度も塗りなおしました。これは塗る人の技術も有りますが、それを確認して何も言わなかったこちらにも落度があります。「自分で塗った方が上手い」と言われたら何も言えません。
似たような事でパテに対しても言われました。現在の建物では内装の壁・天井は下地を石膏ボードで覆いその上にペンキやビニルクロスで仕上ます。その時石膏ボードの継目が出てしまうので、隙間などをパテで埋めます。パテも材料・粘度など色々有るのですが、その性質上乾いて振動が与えられたらひびが入ってしまい、それに伴い仕上のペンキやクロスにもひびやしわが生じます。
このパテについても「なぜ割れないパテを考えない。建設業界の怠慢だ」と言われました。確かに医療関係ではそのような不具合が生じる可能性のあるものを使う事は許されないでしょう。それを違う業界まで同列で求めるのは同意しかねる部分も有りますが、意識としては必要だと思います。現状に満足しない、不具合があれば解決を目指す。これは何事にも必要でしょう。
全体を通して色々と厳しい事を言われ、結構つらい思いもしましたが、今となってはとても貴重な経験をし勉強させてもらいました。やはりそれだけ身になっているから思える事でしょう。まあ、もう一回やれと言われたら嫌ですけど。
ただ、こう言ったこともまだ若手で失敗が許される立場だったから出来た事です。今でも失敗は有りますが程度が違います。また、意識が違います。そう言った意味ではこの医師には感謝です。

この記事へのコメント

  1. 関係ないけど、眼科儲かるらしいねーー
    また眼科に会ったら、きっちりきびしく仕事して、しっかりした料金をとってやってください!
    盛り盛りで、、、

  2. 変な客にあうのはいい経験になるどけ
    会わずにすむらなら会いたくないw

  3. >>マナリシ
    眼科は儲かるみたいだねー。確か年商だか年収だか忘れたけど1億近いらしい。医者も専門によって違うらしいから、また眼科を探すかw
    確かに会わなくてよいなら会いたくないw
    同じような言葉はいくらでも思いつきそうだw
    また北に行かないと。

  4. まいにち人のめんたまのぞいて1億売り上げてんのに
    パテのひびごときに自分は目くじらですか。
    素敵ですね。悪い意味で、、見習いたいねw

  5. 死にぞこなってんじゃなくて、生きぞこなってんだろ。
    みたいな言葉も素敵ですのでとんちおやじマナリシの名言ファイルに
    追加いたします。
    あと、「喝だぁーーーーーー!」じゃなくて
    「渇だぁーーーーーー!」とかね。
    R.I.P. 大沢親分

  6. 「恥の多い生涯を送って来ました。」by 人間失格 太宰
    行き過ぎるとこれでしょう。
    まあ、お前は恥じない人生を送れる聖人君主かとなりますが。
    名言ファイルは是非発表して欲しいね。