環境・省エネルギー

建築やっていると工事をします。
Unbuild建築も好きですが、一応建てられるのを前提でやっていますので。
建設工事をやると色々な所に影響が出ます。
様々な検討がなされていますが、現実としては良い影響と悪い影響でしたら、悪い影響の方が圧倒的に多いと思います。
人間から見たら良い影響をもたらす為に建築をしていますが、地球的に考えたら極端な話、何もせずにこのまま朽ち果ててしまった方が良いのでは?さすがにここまで造ってしまっては自浄作用は働きませんかね?と悪い影響が多いです。
戦後の焼け野原から復興して、公団やら色々な努力があって、日本は住む事に困らなくなりました。先進国の証ですね。
もちろん公共的な建物は完備し、商業的なものや別荘などの娯楽的なものも沢山あります。
辰野金吾から始まった建築家も丹下健三で世界に追いつき、その後門下生の黒川紀章、磯崎新らが続き、現在では安藤忠雄、伊東豊雄、SANAAなどが世界でもトップクラスを走り、その後もどんどん出てきています。
ミクロの単位では問題が多数有ると思いますが、基本的には日本は建設には緊急性を求められていません。そして大義名分もありません。
要は余裕が出てきました。
そんな状態になって、今度は廻りが見えるので環境問題や省エネルギーを謳いだしました。
しかしスタート地点が違うからどうしても机上の理論です。
自然に生きている視点からではありません。
まあ、僕も都市の人間で自然に対して無知ですが、最近始めたランニングやトレイル、カヌーイストの野田さんの本などを始めとして色々自然の中の人の意見を知ると、如何に建築の環境対策などが弱いかが判ります。
そりゃやらないよりはやるほうが良いし、どんな方法であれ対策をしているのならば少しは良い方法に向かっています。
しかし、そこは建てる側の視点、同じエネルギーを自然からの視点で行えばもっと有効に環境回復が出来るのではと思います。
極端かもしれませんが、今建築側がやっているのは「現状維持の為の環境対策」でも、本当に必要で自然にいる人が叫んでいるのは「回復の為の環境対策」だと思います。その差は大きいです。
建築をやっているならば当然理解出来ると思いますが、「回復」とは「造りだすこと」を伴います。造ることはとてもエネルギーが必要です。そのエネルギーは物質的なものもありますが、殆どは「人間力」「情熱」「継続力」「努力」などお金では変えられないとても根気の要る物です。
昔の建築家や今では安藤忠雄の住宅では、空調設備、特に冷房がありません。「冬は寒くて、夏は暑い。それが当たり前でその中で日本人は生きてきた。それに対して如何に考えて生活するかが人間である」とこのような事を安藤氏は言っています。
最近の猛暑はどうかと思いますが、自分が小さい頃の夏でしたら納得できる回答です。
今でも断熱と風通しと日当たりを十分に検討すれば空調はいらないとまでは言えませんが、使用率を大幅に減らせます。
もちろん団扇を使ったり、甚平などの服装をしたり、涼しい朝夕に家事をこなしたりなど昔からの知恵は必要です。でもそうやって人間が対応する事も環境対策なのではないかと思います。

この記事へのコメント

  1. いつかどこかの区で一斉に打ち水をやったら平均気温が少し下がったという話がありましたが、一日電気を使わないとかをやったらドカーンと気温が下がりそうですね。
    昔の人のフィジカルは、今より多少平均気温が低いと思われる機構の中冷暖房なしでそれなりの生活の知恵を駆使して生き抜いてきました。1300年続く法隆寺の木の実績とおなじく、人類のフィジカルの実績ですよね。
    自分が思うのは、建物(ハード)で快適にする必要はも地球環境を考えると物を作る時点で脚をひっぱることになるので、快適にしていく可能性を生活の仕方(ソフト)と肉体の鍛錬で昔あった肉体の可能性を思い出すことは最低限必要だと思っています。
    文明や世界交流が普通になった今の世の中では抑えきれない現象かもしれませんが、一方で遺伝としてそれに慣れてしまった人間のフィジカルも存在しているかもしれません。
    走るって大切ですよね。

  2. >>kagamiさん
    打ち水は確か江戸川区か江東区だったような?あそこらへんが最初だと思う。
    打ち水も撒く時間によって湿度が上がり蒸し暑くなって逆効果になることもあるから、単に撒けば良いとはならないけど、冷却効果が有るのは確か。でもその撒くために水を水道から汲んでいたら意味が無い。
    雨水ためるとか、他の作業で使った水(下水)を使うのが重要ですね。そういった意味では昔から水の貴重さと再利用を理解していたのですね。
    そういえば最近のニュースで奈良の寺だかの建物の部材が法隆寺より古いのが発見されたってのがあった。部材だから微妙だけど、木造建築の古さが更新されたみたい。
    建築をやる上で、現在の技術や省エネを理解して、ハードとして快適な建物を造る事やその技術を持つことは重要だと思います。でも、それだけに突き進んで行くのは疑問です。
    同じように原始に戻り、自然のみを求め、追求していくのも疑問です。
    芸術家まで行けば好きな事をやり、それを理解する人に対してだけ発信していけば良いですが、現状ではそんな立場にいないし、そうもなりたくない。
    バランスを取りながらですね。
    古来より伝わる日本建築の知恵を利用して、最大限ハードでの自然な快適性を引き出した上に、最低限の現代の技術を無理なく組み込みたいですね。
    断熱の性能だけでも大分省エネになるし、風の方向に注意するだけで体感気温は大分変わるし。
    しかしまあ、人間自体が弱くなったのは確かに感じます。
    教育と同じですが、耐えることをしなくなったので、耐久性が落ちましたね。すぐに空調に頼ってしまう。もちろん近年の猛暑に対応するためにはクーラーも必要だし、暑さに耐えるのも限界があります。特に子供や高齢者は。
    でも、普段から外に出て動いている人は違いますね。
    まあ、そういった人は暑い日中を避けて、涼しい朝夕に行動するように気をつけたりもしていますが。