なんとなく

たまにはしっとりと。
北国の無人駅のホームでベンチに座り、ボーっと景色を眺めてゆっくりしたい。
別に駅で無くても良い。ゆっくりと出来る場所なら。
人間として真摯に自分と向き合える場所。
都会には少なすぎる。
何も考えず、日光・風・香りなど自然の力を五感で感じながら時間を過ごしたい。
僕の日々の生活はそんな事との葛藤で出来ている。
森の中
文明は進化し日々の生活は便利になり、それが何故か当たり前となり付いていけない人間は落伍者となる。
いつからそうなったのだろう?
自然と共に生き、自分の感情・身体に正直に生きるのが不自然になったのはいつからなのだろう?
そんな事を最近日々考えている。
道の途中

この記事へのコメント

  1. わかる・・・
    大仏魂かガンジーオセロになりないなーおれ

  2. お金なくて生活できる人を実は一番頼もしく感じます。
    このご時勢ながら弱者といわれなくなってくると思う。
    でもって、文明社会の中でも災害時に的確に判断し行動を
    起こせる人が、現代における本当の頼もしい存在に感じる。
    そういう人が普段だらけていたら気づけないですよね。
    人間の五感と身体能力の可能性をもっと信じてやりたい。
    筋肉隆々の佐川急便配達員でも、江戸時代の飛脚の脚力
    には絶対かなわないだろうし。
    平安時代には陰陽師がいたように、今ではペテン師の
    ように感じてしまうような立場は、当時には絶大な信頼
    があったように。
    人間の潜在能力は時代が進むにつれてどんどん
    塞がれているいるようですね。

  3. 日光・風・香りなど自然の力を五感で感じながら時間を過ごしたい・・・自分も日々思うことです。
    このコンクリートジャングルで生活している生き様ってのは、本来人間が生きてきた環境ではないよね?
    僕らの祖先は土を踏んで歩き、風に舞う木々を見ながら暗闇の怖さを感じる。
    日々暮らしているなかで、土を踏んで歩く日がどれだけあるんだろう?悲しいけど殆どないよね。。。
    だから自然に触れた時『やすらぎ』を感じるんだろう・・・生まれ持った潜在意識!俺ら元々は猿だもんね(笑)

  4. >>マナリシ
    アメーバ位でもちょうど良いかと…
    そう考えると自宅警備員って自分に正直だよなー
    >>kagamiさん
    人間は確実に退化しているよ。
    退化と言うより自ら堕落していっていると言った方が正しいかもしれない。
    お金は有れば助かるし、必要で無いとは言えない。
    むしろ無ければならないもので、重要で時には一番になる。
    建築でももっと五感を大事にする設計をしなければと思う。
    安藤忠雄が人間に厳しい建物を設計する気持ちは共感できるし。
    要は出来るだけ自分自身でそういう気持ちをなくさないようにしなければって事ですね。
    >>なるみん
    土って昔は普通に有ったよね。
    毎日こねくり回して汚くなって服汚して親に怒られていた。
    でもそれが有るから創造することの楽しさを知ったし、陶芸家へ行くやつもいる。
    自然の大事さ偉大さを知るには自然に触れなければ出来ない事。
    人間は母親から生まれるけど、突き詰めていくと地球から生まれたから、地球に触れるとやすらぐのでしょう。