現実としてそれを生業にするつもりはないが、プログラムという自分で造ったもの全てを支配するというものにはとても興味が有ります。
これは造るという作業をしているからだと思う。
設計をしていても色々と人の動きを想像して設計します。
最寄り駅からの方角を見て玄関の位置を考えたり、洗濯機の場所から干す場所へどう動くか、台所の向きから冷蔵庫の位置など。
それこそ人の動きをまとめるのが設計と言っても良い位に。
その他目に見えない光の動き、風の動き、空気の流れ、色々な要因を想像しながら設計をします。
しかしそれらの動きはどれもはっきりしない状態です。
人の動きは千差万別で個人宅になれば住む人に合わせなければいけないけど、そんな事普段意識していないから聞いても解らないし、目に見えないものは環境工学が頼りです。
そんな時に全てをコントロールしているプログラムに魅力を覚えます。
結果はもちろん、途中の動きまで制動できるのですから。
まあ、そこがプログラムがプログラムで有る訳ですが。
制動出来ないものはバグとして不適格なものとしてプログラムを構成しなおさないといけなくなります。
こう考えると人の思考を超えるプログラムは出来ないと思うし、プログラムの限界も見える。
しかしそれでも毎日見たことの無い人の動きを「あー、うー」とあーでもない、こーでもないと仮定で想像していると、全てがコントロールされているプログラムには魅力を感じる。