好きな瞬間

日本には四季があり、日本人である僕はそれを体感しています。
季節の移り変わり、それを心で、そしてそれ以上に体・感覚で感じられる事はとても貴重で素晴らしい事だと思います。
仕事柄、風土・季節・環境を気にしますが、それを本当に感じているかは個人の感覚によります。理論でいくら素晴らしいと言っても、実際にそれを体感した人の感覚・意見には敵いません。
正月の同じ日々の繰り返しだけど、新年を迎えた空気。
春の卒業を感じる別れの季節と入学の新しい出会いの季節。この時期は知らぬ間に新しい事を期待している。それを盛り上げるのが桜。
ゴールデンウィークの五月病と、冷めた目で見る社会人。
梅雨のなんとなく我慢している時期。
何もかも開放的になる真夏。
夏が終わる寂しさを感じる残暑から秋への移行。
美味しい物が出てきて、時間の余裕を何故か感じてしまう秋。
冬への移り変わりを感じながら何故か終わりを感じながらもイベントを期待してしまう11月。
師走の慌しさと、希望を持っている恋人達の空気が充満して、その後にごちゃ混ぜになりながら一年の終わりを感じる年末。
どれもこれも四季を感じながら過ぎ去る時間です。
それぞれのイベントよりも、その時の街の空気を感じるのがとても好きです。
でも、僕としては一貫して好きな瞬間が有ります。
夜明けの時間、人によっては「蒼の時間」とも呼びます。
一日が終わり闇が訪れる時間。それを超えて新しい一日の始まる時間。時間にして10分も無いかもしれません。でもその時間は素晴らしい。そして日の出とも違う。
太陽が昇る前の闇から光が漏れる瞬間。闇から色が付き始める時間。それこそが一番好きで、何事にも変えられない時間。
正直、太陽はどうでも良いのですよ。その「蒼の時間」を感じられれば。
でもそれを感じるのは早起きして感じるのではないのです。個人的には。一日が終わり闇が来る。そしてその闇の時間を過ごし、終わりを感じる。時には絶望的に。
そして希望を失うかのごとくネガティブになった時に、正に一筋の光のごとく訪れる始まりの時間。
元々夜光人間ですが、それを求める為に夜を過ごしている時も有ります。
学生の頃、コンビニの夜勤をやっていて、毎回その時間は客もいないのでボーっとしながら外に出て眺めていました。当時は喫煙していたので、缶コーヒーと煙草がお供でした。背伸びしていた時間です。
でも、その時間は未だに貴重で有り、無駄になっていません。
季節の移り変わりを感じられる延長に時間の移り変わりを感じれるのがあるのかもしれません。
同じ感覚として、夕方・夕日が好きな人は多いです。
贅沢を言うと、その時に好きな・素晴らしい音楽が欲しいですけど、それは本当の贅沢です。
昔友人と好きな、素晴らしい景色の中をドライブしていて認めた事が「素晴らしい景色と好きな事(ドライブ)、そして気兼ね無い友と素晴らしい音楽。それが有れば何も言わない」好みの差は有れども、誰もが追い求める理想の一つの形だと思います。そして僕はそれを追い求めているのでしょう。
仕事柄、都会の風景も興味が有ります。でも、最終的には自然・僕らが言って良いのか判らないけど日本の原風景。自然に求めてしまいます。海を感じ山を感じる。田植え、収穫、緑の絨毯と黄金色の絨毯。それに何とも言えぬ気持ちの高揚を感じてしまうのです。それこそが日本人の証。ある意味古い人間かもしれません。
でも胸を張って「古い人間でも良い!」と言える自分がいます。
今日ふと見上げた夜空は、街灯で遮られた夜空でもオリオン座が輝き素晴らしい夜空でした。毎日に追われる日々の中で空を見上げる余裕がどれほどあるでしょうか?
何かに疲れたら、そんな時は数秒で良いから空を見上げる。
大丈夫、僕はここにいる。
誰でも、どんな人でも、かけがえの無い一瞬を持っていると信じています。

この記事へのコメント

  1. 立松和平みたいだな。
    金ジョンウンの刈り上げは漉き取った秋の夜のオリオンより眩しい。
    ワォ

  2. >>マナリシ
    また凄いところから持ってきたなー。立松和平。
    やはり酔った勢いが良いよね。