最近読んだ都市計画の本で広場の話をしていました。
ふと考えてみると日本の場合は広場という文化は無いと思います。
広場としての場所は頑張って造っているのですが、それが目的通りに利用されておらず、廃墟のようになっているのが現状です。
その理由としては行政の考え方にあると思います。
本来広場というのは人が集まり自由に活動する場所です。
人と待ち合わせをしたり、本を読んだり、自己表現をしたり、政治活動をしたり…
ヨーロッパなどでは人が集まって政治活動したり、自己表現をしても極端な場合でなければ抑制はされないですが、日本の場合少しでも怪しい場合はすぐに抑制されます。
新宿西口の地下通路、あそこは本来地下「広場」でした。
名称も「新宿西口地下広場」でした。
若者が集まり自由に表現をして、ある意味アングラ文化の発祥地にもなっていました。
しかし1969年の反戦フォークゲリラ以降そこでの自由な表現は制限されて、名称も新宿西口地下「通路」に変更されてしまっています。
確か1998年の火災事件以降だったと思いますが、西口地下通路は夜中に行くとある意味本来の使われ方を見ることが出来ます。
ホームレスが仕事を得るためにどの筋の人か分からない人に並んでいたり、情報交換していたりとなかなか活発な光景を見ることが出来ます。
実際に自分が行った中でその場所が広場の様に使われているのは、大阪の道頓堀でしょうか。
色々な人が集まり、阪神の優勝の時などは皆で祭りの様に騒ぎ、ついでに良く分からない人も沢山いる。
予想できないことが起こる場として考えると、本来の広場の使われ方をされていると思います。
それ以外の公園も含めての広場は、本来意図した事と違う使われ方をしていると思います。
良くある市町村庁舎の前にある広場や、何かの記念広場。
コンクリートで造られ、数少ない芝生は立ち入り禁止。
そんな広場が沢山あります。
集合住宅でも敷地内の広場やピロティなどは人がいません。
昔は近所の人が集まり、その廻りで子供が走り回っていました。
人が集まる事で防犯もされて自治体の安全が守られてきました。
基本的に現在の日本の考え方は逆を行っているので、人が集まる場を造る事は困難だと思います。
一度選別してその安全を確かめてからその中で自由にさせます。
建築的にも出来るだけ自由な場を造ろうと考えていますが、どうしても過剰な安全を求める方向が多いです。
都市計画と建築、その境界は曖昧ですが、一体で考える事が必要だと思います。