発表当時は知らないで、知ってからは結構放って置いた作品。今にして思うと、発表後5年くらいで読みたかった。話題になったのでタイトルは結構前から知っていたのですが、その時はミステリーに興味が無かったので琴線に触れなかったのでしょう。
一般に作者:森博嗣の作品は理系ミステリーと呼ばれるが、それは文系からの視点だと思う。一応建築系の自分からみると登場人物の会話などは、普段の時間を過ごす為の会話と違う目的の為だけの会話、即ち思考しながらの会話がなされていて懐かしさを覚えた。即ち本気なのかふざけているかの境界が曖昧な日常風景。
ミステリーだとトリックの解法、特に理系ミステリーと言われると余計理詰めの解法を期待されるが、森氏の作品は会話と心理で解決している。もちろん理論でも解決しているが、それ以上に人間で解決している。
誤解される事が多いが、理系で重視するのは感覚。理論の上にある感覚が一番大事で、その先に新しい理論がある。森氏の作品はそれがしっかり表現されていて、それまで信じていた理論を捨てる勇気と、知識の無さに代表される理解出来ない事への葛藤が描かれている。正直に言うとトリックの解法などはオマケの様に感じてる身としては、その心理的な駆け引きが面白い。
森氏の作品の特徴はトリックなどに目が行きやすいと思うが、実際は心理のやり取りと文章構成に有ると思う。それも文章構成は文学としてでは無く、論文や実務文章として磨かれた意思伝達の手法を昇華しての方法。とても特徴のある文章だと思う。
「すべでがFになる」シリーズはS&Mシリーズとも呼ばれ、10作で一連の作品となっている。森氏の作品はシリーズ物が多いが、ある意味このシリーズが一番生き生きとしている。
ただ、10作品を読んでみると、作者は凄く冒険をしているのが解かる。最初の3作品くらいは純粋にミステリーの内容で勝負。その後は文体や叙述トリック、読者の思い込みなどを意識した書き方をしている。この時点になると、トリックの内容は勿論満たしているが、核心は登場人物と読者の心理の問題になる。
優れたミステリーはトリックでは無く、その雰囲気で描かれているが、森氏の作品にはそれが多い。
即ち何事も無かった様に物語は進みながらも、しっかりと必要な事は必要最低限で書かれている。そして全体を通じて時間の流れを表現している。森氏は作品を進めて行くにつれて、この感覚が強くなっていると感じる。
即ち何事も無かった様に物語は進みながらも、しっかりと必要な事は必要最低限で書かれている。そして全体を通じて時間の流れを表現している。森氏は作品を進めて行くにつれて、この感覚が強くなっていると感じる。
S&Mシリーズは6作目以降は完全に文体を変えているし、その後のVシリーズは心理に行き過ぎてシリーズ初期の作品は違和感を感じるくらい。しかしそれは自分が別シリーズを読むに当って、それまでのイメージを引きずっていただけかもしれない。ただ、4作目だったか、飛行機を扱う作品で作者の趣味と一致して文体が生きてたからか、文章の中に遊びを感じられて再度引きこまれ、この文体も好きになった。そして後の作品「スカイ・クロラ」シリーズで完成系の様な無駄を削ぎ落とした表現として読む事が出来る。
今の所20作品くらい読了をしたが、それぞれの感想は違っていても、読後の感覚は変わらない。それは独特の発信者主義、受け手には一切意識を与えていない感覚を表現しているから。
トリックでも「人が殺されました、私はこう考えます」と発言した時に、理論的な反論がない限り自分は正しく、周りもそれを認めていると思う登場人物の感覚。そして、反論出来ない人は、それを自分の実力や知識の無さと思い込んでしまう感覚。即ちどちらも人間の行動として無意識に行ってしまう思考方法を当たり前の様に描けているから万人に受けたのだと思う。
そもそも正解を決める方法や正解は一つなのかすら解らないのに、新たな理論が発生すると殆どの人がそれが真実と捉えてしまう。
結局作者に踊らされている状態。
結局作者に踊らされている状態。
本当に好き嫌いの分かれる作者だと思うが、自分には嵌った。読み返しを除くと、多分一年でここまで同じ作者を読んだのは初めてだと思う。