カラマーゾフの兄弟

カラマーゾフの兄弟 -ドストエフスキー-

数年前よりドストエフスキーを読んできて、この作品だけは出来るだけ最後の方に読もうと考えていました。それは様々な所で「ドストエフスキーの集大成」と書かれていましたし、遺作でもあるからです。
著者の作品をいくつか読んでいくと、その都度理解が深まります。それは海外文学ではどれもそうですが、時代も思想も感覚も違う事を取り扱ったものなのでそれらに独特の雰囲気があるからでしょう。また、人名の扱い方や言い回しなどの翻訳の癖も有ります。そういった意味でも、出来るだけ著者の思想を理解した上で読みたいと考えました。
ただそこの所は厳密でなく、自分が持っているドストエフスキー作品の最後に読もうと考えた程度です。
読むまでは色々な識者(一番印象に残っているのは村上春樹ですが)が、この作品を「完全な小説」と言及している事や、途中で挫折する事が多い作品など、やたら敷居の高い印象を受けていましたが、実際に読んでみると普通に面白いです。
確かに様々な伏線や隠喩などを考えながら読むと凄く難しいと思います。それらを理解するにはまずキリスト教を理解しなければいけないですし、その時代のロシア情勢も理解しないといけません。また、登場人物の名前にも実際に起きた革命事件などの参加者の名前を引用して人格を形成しています。
僕自身はそういった事を気にせずに読んでいたのでスムーズに読めましたが、それでも物語として十分惹きつけられました。
ただし、宗教的な考え方、特にキリスト教に対して嫌悪感があると厳しいかもしれません。
僕自身は無宗教で一切宗教に興味が無いのですが、読み物・物語・考え方として様々な宗教の経典を聞くのは結構好きです。しかしそれは単純な好奇心だけです。
そう言った意味でこの作品はキリスト教の考えが豊富なので、宗教に対する嫌悪感があると厳しいと思います。しかしこれは現代以外の海外文学では避けられない事だと思いますが。
内容としてはしっかり練りこまれているので、色々な事象がきちんとお互いに関連付けられてしっかり成立しています。十分と言うくらい原因と結果が説明されているので、「これはどうして?」と言うような中途半端さはありません。
そして訳は微妙な言い回しもありますが、本質としては違和感の無い文章構成なので読んでいて先を追ってしまいます。途中で「なんでこんな事を書くの?」と言うのが殆ど無く、有った場合でも読み進んでいくと「この為だったのか」と納得します。
読後には「面白い」「面白くない」「読んで良かった」などの感情ではなく、言葉では言い表せない感覚を残しました。何か漠然としたものを考える様になりました。
それは普段考えている様々な事ではない、ほんの一瞬の隙間を突くような思考です。何を考えているのか分からないボーっとした瞬間なのですが、確かに何かを考えている状態です。
まあ、それが何なのかは分からないし、本当に考えているのではなくボーっとしているだけかもしれませんが、その様な感覚を残しました。
今後何時この本を読み返す事があるのか分かりませんが、読み返した時は確実に今回と同じように面白いと感じ、得る事が多い本だと思います。