温度差

今回の東北関東大震災、自分の身内・周りでは被災地方面の人間がいなかったので大きな混乱はなかったですが、友人の実家などで被災地方面の方はいるので心配です。
その他、うちの事務所の所長は昔ゼネコンにいた時に東北支店で働いていたので、その時の知り合いの方々から安否の連絡があります。その内容を聞きますと、被災地とそれ以外(特に都心)では温度差が有る事がわかります。

メールに書かれている事はどれも、どの報道より正確で、生の声で、現実を伝えています。
生活物資やライフラインの事は当然、死が身近に当然の様に書かれています。

メールが送れると言う事はまだ極限ではないのですが、数日振りにTV・ラジオなどで自分たちの状況を確認すると、その惨状に驚くと共に、被災地の考えとかけ離れた報道にショックを受けています。

一番強かったのは、各TV局が今回の地震の状況などを伝えるために何度も津波の映像を流していますが、被災者からしたら「悪夢の再来」であり「見たくないもの」で、それこそ精神的な圧力になっているとの事です。
アメリカ同時多発テロ(911)の時も同様な事が叫ばれ、ある時期を境にビルに飛行機が突っ込む映像などは放映されなくなりました。

被災地の人々も原発の問題は重要ですが、それ以上に自分たちの命に直結する物資やライフライン、避難所の状況を伝える事が大切で、そう言った事を報道せずに何度も津波の映像・原発の情報・地震のメカニズム解説・現在までのドキュメンタリー・救助風景などを放映するより、もっと自分たちの状況を何度も放映して、もっと多くの人に現状を知ってもらいたいと伝えています。

首都圏と被災地では管轄局も違うので同列に語れませんが、確かに日数が経つにつれて首都圏では原発、即ち自分たちに直結する情報が多く報道されていて、被災地の状況が減っています。原発の周辺の地域では放射能の問題は最重要課題ですが、首都圏の人々にとって大事で行動すべきなのは「被災地>原発」では?

既に気付いていると言うか、気付いていなければ「平和ボケ」ですが、政府・報道の情報がどこまで正確かわかりません。原発でも再三「安全」「人的被害は無い」などと言っていますが、数時間後には事実が現れ、訂正と言うか取り繕う会見がなされ、ある意味「後の為に保障を確保する報道」になっています。

基本的に報道、特に今回の様な場合には「事実を伝える」「現況を伝える」であって、「報道者の考えを伝える」ではありません。その点NHKは殆どアナウンサーが意見を言わないので良いです。民放はこの時点でも競争意識が働くのか、演出したいのか、コメンテーターが出ています。良く考えると「アイドル」「芸人」「放送作家」などがコメントしていますが変ですね。
会見への質問でも、状況を打開するための質問や確認の質問では無く、何故かそれをやることによって与野党の関係を週刊誌の様に伺う質問など、質問者の資質を問われるようなものもあります。今すべき事は違う事に気づかないのでしょうか?

被災者の方からのメールでは、被災時より時間が経つにつれて恐怖を感じるとの事です。
それを拭い去るのは「被災地の現状が伝わっている」「何かしらの先を見せる」事が大事だと思います。