歴史と宗教

外国の歴史、特に西洋の歴史を見ていると宗教の歴史だと思います。
初期の頃は単純に領土拡大の為に戦っている様に思えますが、それ以降は宗教勢力の確立です。
今でも続いているイスラエルのエルサレムもユダヤ教・イスラム教・キリスト教の聖地争いです。
しかし日本を含め、東洋の歴史は余り宗教の臭いがしません。
日本の場合は天皇争い、派閥争いが主です。
たまたま島国で民族間の争いが無かった為「天皇」という神の争いになっただけかも知れません。
インド・中国辺りは余り詳しくありませんが宗教争いのイメージがありません。
ずっと仏教が民族を支配している感じです。
日本人は無宗教が多いと感じます。
一応葬式などの時は仏教・神教でやる場合が多いですが、日常生活で宗教を感じる事は無いです。
良く西洋人などは大切な事の前に自分の信じる神に祈る姿を見ますが、日本人で祈っている人は殆ど見ません。
願掛けのために神社で祈るのは見ますが、その時だけです。
この様な日本人を見ていると、西洋では深いテーマである「人間と宗教の切り離し」が可能の様に見えます。
「人間は宗教を捨てる事が出来るのか?」
西洋人から見たら、それこそ有史以来の歴史の全否定です。
西洋の場合「神」が意識の中に存在するのでここまで宗教が強くなったと思います。
日本の場合は「神」となる「天皇」が生身の人間としていつも身近にいます。
「天皇」という立場は神格化されていましたが、その「天皇本人」は神格化されていません。
元々天皇の成り立ちが「土地の支配者」からであり、西洋の様に奇跡を起こして崇められた訳では有りません。
大化の改新前後から、民間人が天皇になっていますし、戦国時代初期には織田信長が天皇追放などしています。
古くから自分の生活を支えているのは天皇でなく、土地の支配者です。
日本の場合古くから「支配する者」と「支配される者」の区別がはっきりしていました。
戦国の天下統一の後に行われた「士農工商」や「えた」「ひにん」などよりずっと前から人種?立場?の差別化がはっきりしていました。
支配者は中国からやってきた仏教などに触れる事ができましたが、一般人まで伝わっているとは思いません。
自分たちが学校で習ってきた日本史は「日本の上流社会の歴史」です。
一般社会の歴史が入って来るのはせいぜい戦後からです。
数少ない民衆の歴史から見ると、日本人は「土地の神」「山の神」などの神様を信じていて、人間を信じていた訳でないようです。
このところが西洋と日本の大きな違いだと思います。
「人間は宗教を捨てる事ができるか?」
「人間は宗教を捨てたら何にすがるのか?」
「宗教と哲学を離して考えられるか?」
この疑問の答えを日本人なら導き出す事が出来そうです。
しかし重要なのは
「宗教を持っている人間が」宗教を捨てる事ができるか?
この答えを出す事は、残念ながら日本人には無理な様な気がします。