元々歩くのは好きなのも有って、散歩が趣味です。
それも知らない街や建物を見ながらの散歩が良いです。
一応専門家として街並みや建物を見てその意図を読み取る事も出来るし、単純にその形態に成った事を想像しながら歩くのは楽しい。
昔雑誌でギタリストのEdward Van Halenが「どんな無名バンドでも何かしら良い所は有る、それが聴けるからどんな曲も聴くんだ」みたいな事を言っていたのですが、それと同じでどんな建物でも考えられて造られていて何かしら作者の意図は存在するので見ていて無駄になる事は無いと考えている。
それこそ設計を始めたばかりは木造建売住宅レベルの軒の納まりが解らなくて家の近所を歩き回って見ていたし、雨樋の納め方も色々為になる。
建築の思考方法としてはまだまだ新しい考え方は有ると思うけど、それらも既存の思考の上に成り立つものだと思う。
そういった意味で考えると既存を勉強する事はとても重要になってくる。
前にも書いた通り新しい物を考える上で情報力は必要だし、自分の思考形態としては無からではなく、対象を見てそれについて考える事で想像が膨らんでいくタイプなので色々見る事は
必要条件になってくる。
特に現実に敷地が決まっている場合はその敷地の雰囲気と言うか、特性を読まなければいけないので余計それを感じる為に歩かなければならない。それこそ本来ならば最寄り駅からや主要な施設からの道を歩き実際に住んだ時の事を考え、晴れた日だけでなく雨の日も歩きその違いを体験しなければならない。まあ、殆どそこまで通えないのが現状ですけど。
また上記のような個人的な趣味による散歩も必要だけど、意匠設計者として流行を学んだり施主との会話で必要な部分として著名な建物を見ておく必要も有る。
この場合は建物を周囲からだけで無く、インテリアなどの内部も見なければいけないから一気に大変になるけど。
それこそ施主はいきなり「○○ホテルのラウンジみたいな感じで」など自分が泊まった高いホテルのイメージなどを急に言ってくるのでそう言った時に有る程度は話し出来る様にしておかないと厳しい。
そんなんで普段生活で必要の無いホテルのラウンジとかうろついてます。
ふと考えたら最近こういった目的の散歩をしていないので全然建物を見ていない気がする。一応最低限として雑誌を立ち読みしてますが。
ただ散歩するだけじゃなくて、色々自分の感性を働かせて歩くってのは一味違った散歩でいね!
そうするとまた違った物が見えてきたりで新たな発見があるんだろうな~。
人が歩くって行動は仕事やプライベートにおいてもとても大事な事なんだろうね。
まあ、なるみんが山に行くのと同じような感覚かな。
あまり健康の為って言う散歩はしていないから、でもはたから見ていると少し怪しい人かも。
高尾山に行って天狗の像を見るのがすきです。
みうらじゅんに一歩近づいた気持ちになれます。
だからといってなにもよいことはありません。
ゲームセンター嵐
マナリシ
高尾山行かないでしょ。
天狗の銅像ってあるんかな?
みうらじゅんは仏像を作って欲しい。
近い内に酔って散歩しよう。