ツァラトゥストラはこう言った。僕のイメージの中では「ツァラトゥストラはかく語りき」、論語の「孔子曰く」と同じ。まあ、これは訳し方の問題。
ツァラトゥストラ、ニーチェ、神は死んだ、哲学などそれぞれは聞いた事が有るが何だかはわからない。そしてとても難しく面倒なイメージがある。しかし何故か家に有ったので読んでみた。
当然の如く、一読しただけでは理解出来ない。漠然とした方向性を掴めるくらい。しかし個人的には好きですね。
性格的に知識として教典は面白いと思うけど宗教は受け付けないので、宗教に対してその矛盾を述べるツァラトゥストラ(哲学)には爽快さすら感じる。
しかしこの本もそうだが、哲学、文学(特に海外の文学)、歴史を読む為には、海外ならキリスト教とユダヤ教、日本だと仏教をある程度知らないと理解出来ない。日本のは宗教としてで無く、習慣として無意識に理解しているのか日本文学として理解出来るが、海外のは無理。教典レベルのモチーフが出てくるとお手上げ。唯一黙示録くらい。
しかし困った事に内容の本質は面白い。
宗教が身近で無い日本人がイメージする宗教や教典ってのは哲学なのではと思ってしまう。
ニーチェの師であるショーペンハウアーの言葉からして「人間はみな重い病患に悩む者であり、待たされている死刑囚でしかない。本当を言えば、われわれは生まれてくるべきではなかった。生まれてきたのはあやまちであり、われわれは生きながらえて、このあやまちをなしくずしの苦悩と、最後の死によってつぐなうだけである」と思わず信じてしまいそうになる。
天邪鬼としてはここからエネルギーをもらい、宗教を笑いながら前向きになれるところ。
今までの海外文学と同じで、幾つか読んでいかないと頭に入っていかず面白さも半減しそうだが、ある時を境に一気に広がる可能性がありそうだ。