本日は友人の日記に触発されて。
尊敬する人の中に母方の祖父、要するに爺ちゃんがいます。
もう20年ほど前に亡くなっているのですが、いまだに母から爺ちゃんの話を聞きます。
それだけ母親は祖父を尊敬しているのでしょう。
この爺ちゃん職業は大工でした。
小学校しか卒業していなく、両親も早くに亡くしてそれこそ裸一貫で大工の世界に入ったようですが、とても腕の良い大工だったと聞きます。
大工の腕は宮大工も出来るくらいだったので確からしいですが、それよりも人間として素晴らしかったと聞きます。
当然この時代の職人なので厳しい人だったらしいですが。
母親が物心付いた頃からなくなる前に寝たきりになるまで、毎朝一番に食卓(ちゃぶ台)の決まった席に座っていたそうです。
御飯は、白米・味噌汁・漬物さえあれば文句は言わず、新聞は一番に読み、風呂も一番風呂。
その風呂も脱衣所まで着物とふんどしを持って行き、風呂から出てくる時はぱりっと着物を着て出てくる毎日でした。
自分はもちろん母親も一度も乱れた姿を見たことが無かったらしいです。
そのような厳しい爺さんなので、他人にも厳しいです。
時間に帰ってこなかったら締め出されたようですし、新聞をまたいだり、敷居を踏むと拳固です。
当然御飯に文句を言おうものなら食べさせてもらえなかったと聞きます。
そこまで自分にも他人にも厳しい人でしたので、仕事が良いのはもちろんとても綺麗だったと聞きます。
僕は残念ながら現役時代を見ておらず、せいぜい自宅で材木を扱っているのを少し見ただけですが。
昔なので家を建てる時は、元の家を解体する事から大工さんの仕事です。
今みたいに機械が有るわけでは無いので、壊すのも手でしますしとても埃が出ます。
埃が出ると周りの家に迷惑が掛かるので、早朝4時位から壊し周りの家が洗濯物を干す朝7時過ぎには仕事を終わらしていたと言います。もちろん1日で終わらないので週単位で壊していたのでしょう。周りからは「目覚まし大工さん」と呼ばれていたとか。
家を壊す場合、雨の日も活動日だったようです。
雨の日は埃が起たないので1日仕事が出来てはかどったようです。
この影響からか、今でも解体工事が雨で中止になると納得が行きません。
本当の昔の職人で、仕事場はとても綺麗だったようです。
今でも「現場が綺麗な現場は仕事も良い」と言われますが、正にその通りだったとの事。その影響で母親も綺麗好きです。
母親は一番可愛がられたらしく、今でも色々な逸話を教えてくれます。恐らく男だったら大工になっていたでしょう。
かんなくずで遊んだり、冬になると端材で暖を取ったり、他愛も無い事ですがとても思い出に残っているとの事です。
恐らく孫の中では僕が一番影響を受けているでしょう。
建築の道に進んだのも、元々「家を造る仕事がしたい」と幼い頃に思ったからです。まあ、大工と建築家の違いが解らなくて設計をやっていますが。
現場での職人さんとの付き合い方、現場でやる事無ければ掃除をする、道具を大切にする、色々な考え方が母親を通してですが身に付いています。
恐らく爺さんの影響を受けずに建築家になっていたら、自分の意見を頑なに通す、自分の嫌いな性質の建築家になっていたかも知れません。
たまたま今回友人の御祖父さんが亡くなり、ふと自分の爺さんを想いました。
なかなか墓参りに行けていないですが、近い内に行こうと思います。
また、将来自分も子供や孫に同じように尊敬されるようになりたいと。
その為には毎日の当たり前の事から大事に生きていこうと思います。
自分にとっては日常でも相手には特別なのかも知れないですし。